最終契約の締結とクロージングを同日にすることのリスク【医療法人M&A】

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最終契約の締結とクロージングを同日にすることのリスク【医療法人M&A】

2026.10.24

 

医療法人に限らず、M&Aでは最終契約(出資持分譲渡契約や事業譲渡契約)を締結する日と、クロージング日の間に一定の期間を空けることが一般的です。

特に、最終契約において①当事者がクロージングまでに行う義務(CoC条項のある契約につき相手方の同意を取得することなど)を規定し、②当該義務が履行されていることをクロージングの前提条件として規定する場合、義務の履行のために必要な期間を設けざるを得ません。

他方で、小規模なM&Aでは「わざわざ日を分けずに、契約を結んだその日にクロージングを完了させたい」(便宜上、本コラムでは「同日実行」と表現します。)という要望もよく聞かれます。

もちろん、最終契約の内容次第で同日実行とすることは可能ですので、その方が手続も簡素になり、当事者双方にとって合理的に思えますが、リスクを十分に理解しないまま同日実行を選択すると、一例として、次のようなトラブルが起こり得ます。

 

ケース1:最終契約締結の当日になって、医療法人の借入金について金融機関が前院長の個人保証の解除に応じないことが判明した。前院長は保証が残ったまま法人を手放すことに難色を示し、予定していたクロージングがその場で頓挫した。

ケース2:個人開設のクリニックを医療法人が事業譲渡で引き継ぐ案件で、契約締結と同日に「開設者の交代」まで完了させる計画を立てた。ところが、医療法人が診療所を開設するには事前に開設許可が必要であり、当日から新開設者として診療を始めることができず、診療の空白と保険診療の扱いが問題となった。

ケース3:同日実行を優先するあまり、デュー・ディリジェンス(DD)で発見された医療法人の従業員の未払残業代の問題を「後で話し合う」として最終契約に反映しないまま署名・代金支払を終えた。クロージング後に従業員から請求を受け、買主が売主に補償を求めたが、契約上の根拠がなく紛争化した。

 

そこで本コラムでは、最終契約の締結日とクロージング日を同日にする場合のメリットとリスク、医療法人のM&Aに特有の注意点などにつき、当職の考え方を紹介させていただきます。

 

1. 最終契約の締結日からクロージング日までに期間を設ける背景

冒頭でも少し触れたように、一般的なM&Aで最終契約の締結日とクロージング日の間に期間を設けるのは、最終契約の締結後でなければ着手できない手続や、最終契約の締結後に整えるべき条件があるためです。

CoC条項を含む契約について、取引先や賃貸人からの承諾取得、期限前弁済等に関する金融機関との調整、行政への事前相談・許認可、従業員への説明などは、最終契約の締結に先立って行うと、何らかの理由で最終契約が締結されなかった場合に、勇み足となりかねません。

これに対し、最終締結の締結とクロージングを同日に行う場合には、本来であれば最終契約の締結後に行うべき手続を、すべて最終契約の締結までに終わらせておく必要があります。言い換えれば、同日実行は「必要な手続を最終契約の締結までに前倒しで完了させる方式」です。この点の理解が十分でないと、冒頭のケース1のように、当日になって準備不足が露呈することになります。

 

2. 同日実行のメリット

もっとも、M&Aにおいて同日実行を選択することのメリットも存在します。

まず、最終契約の内容がシンプルになります。前提条件や誓約事項、クロージング前の解除条項などを詳細に定める必要が小さくなり、契約交渉の負担や弁護士費用を抑えられる場合があります。

また、M&Aに関する情報漏洩のリスクも低くなります。最終契約の締結からクロージングまでの期間が空くと、M&Aに関する情報が職員や患者、近隣の医療機関に伝わりやすく、職員の動揺や離職、患者の流出につながることがあります。最終契約の締結と同日にクロージングが行われれば、M&Aの公表と新たな体制の開始を一体として進めることができます。

さらに、当事者の心理的な負担が軽くなるとも考えられます。最終契約の締結後、クロージングまでの間に、当事者が翻意したり、不測の事態が生じることによる案件頓挫のリスクを避けることができます。

しかしながら、以下で述べるようにM&Aにおいて同日実行を選択することにはリスクが伴い、通常は最終契約の締結日とクロージング日の間に一定の期間を空けることが好まれます。

 

3. 同日実行のリスクと限界

(1)DDで判明した問題が是正されない

最終契約の締結日からクロージング日までの間に一定の期間があれば、DDで発見された問題について、クロージングまでに売主が是正することを前提条件とすることが可能となります。

一方、同日実行ではそのような対応を取ることができないため、DDで発見された問題点については、最終契約の締結前に是正してもらうか、譲渡価格の減額、特別補償などの契約上の手当てで対応するしかありません。

 

(2)CoC条項等、第三者の協力・同意が必要な事項への対応

金融機関による個人保証の解除・差替え、クリニックとして使用している不動産の賃貸人の承諾、医療機器のリース会社の承諾、主要な取引先との契約承継など、第三者の協力・同意などが必要となる事項は、売主・買主の双方にとって、同日実行を選択する上での大きな障害となります。

最終契約の締結前に対応が完了していない場合には、少なくとも「クロージング日から●日以内に完了させる」旨の事後的な義務(コベナンツ)として整理し、当該義務が履行されなかった場合の取扱いを定めておくこともあり得ますが、トラブルとなる可能性は否めません。

 

4. 医療法人M&Aに特有の注意点

(1)出資持分譲渡・社員の入れ替えによる医療法人のM&A

持分ありの医療法人のM&Aにおいては、出資持分の譲渡に加え、社員の入社・退社、理事・理事長の交代によって経営権を移転する方法が一般的です。

この方式では、診療所の開設者はM&Aの対象となる医療法人のまま変わらないため、診療所の開設許可や保険医療機関の指定が原則としてそのまま維持されます。

そのため、行政の許認可を待つ必要がなく、同日実行に比較的なじみやすいスキームといえます。

もっとも、手続が全く不要になるわけではありません。社員総会での社員の入退社の承認、理事・監事の選任、理事会での理事長の選定などは、最終契約の締結日(かつクロージング日)の決議事項として、予め議事録などを準備しておく必要があります。

なお、医療法人の名称や所在地の変更など、定款変更を伴う事項については都道府県知事の認可が必要となるものがあり、その場合、最終契約の締結日に定款変更を完了させることは困難です。定款変更が必要な事項は、クロージング後の課題として切り分けておくのが現実的です。

 

(2)事業譲渡の場合

医療法人M&Aのうち、個人開設のクリニックを引き継ぐ場合や、他の医療法人の診療所の一部を譲り受ける場合などには、事業譲渡が用いられます。

この場合、診療所の開設者が変わるため、譲渡人側の廃止手続と、譲受人側の新規開設手続が必要になります。

医師個人が診療所を開設する場合は開設後10日以内の届出で足りますが、医療法人が新たに診療所を開設する場合には、事前に都道府県知事等の開設許可を受けなければなりません。冒頭のケース2はこの点を見落とした例です。

さらに、保険医療機関の指定も新たに受け直す必要があります。一定の要件を満たせば開設日に遡って指定を受ける取扱いもありますが、申請のタイミングを誤ると保険診療に空白が生じかねません。

そのため、事業譲渡において、同日実行を選択することは可能であっても、診療所の開設許可や、保険医療機関の指定の取得時期とクロージング日を整合させる必要があり、実務上は締結日とクロージング日を分けたほうが安全なケースが多いといえます。

 

5. 同日実行が可能な医療法人M&Aの類型

以上を踏まえますと、同日実行に向いているのは、①出資持分譲渡・社員の入れ替えなど、許認可の取り直しが不要なスキームであること、②DDにおいてクロージングまでに是正すべき重大な問題が見つかっていない、または最終契約の締結前に是正が完了していること、③金融機関、賃貸人、リース会社などの第三者の協力が締結前に確約されていること、④当事者間の信頼関係があり、条件交渉がおおむね完了していること、といった条件をすべて満たすケースです。例えば親族内での承継や、従前から勤務している医師への承継など、関係者が限られる案件では同日実行が合理的な選択肢となる場面もあり得ると思われます。

反対に、事業譲渡で開設者が変わる場合や、DDの結果について評価が分かれている案件では、同日実行を選択することによるリスクは大きくなりますので、最終契約の締結日とクロージング日の間に一定の期間を設けて、当事者の義務が履行されていることを前提条件として規定する方が安全と言えます。

 

6. まとめ

本コラムでは、最終契約の締結日とクロージング日を同日にする場合のメリットとリスク、医療法人のM&Aに特有の注意点などにつき、当職の考え方を紹介させていただきました。

同日実行は、最終契約における当事者の義務が簡素化される等、契約の複雑さを避けられる一方で、本来は最終契約の締結後に行うべき手続をすべて前倒しで完了させることを前提とする方式です。

出資持分譲渡や社員の入れ替えのように開設者が変わらないスキームでは採用する余地がありますが、事業譲渡のように開設許可や保険医療機関の指定、都道府県知事の認可が関わるスキームでは、同日実行は機能しない可能性が高いと思われます。

何らかの理由で同日実行を選択する必要性が高い場合には、①M&Aのスキームが同日実行になじむか、②賃貸人等の第三者の協力・同意等の取得が最終契約の締結前に完了させることの蓋然性、③DDで判明した問題の是正について、契約上の手当てがなされているかといった観点から、同日実行の可否について検討されることをお勧めします。

近年では、仲介会社が最終契約の内容を十分に理解せず、仲介手数料を早期に回収する目的などで、「同日実行以外は不可」などと説明するケースも散見されますので、そのような場合は特に注意が必要です。

当事務所では、医療法人M&Aを多数サポートした経験を有する複数の弁護士が、最終契約の作成・レビューやクロージングの支援を含む、医療法人M&Aのプロセス全体をサポートしております。

当事務所では医療法人M&Aに関し、売主・買主のいずれをもサポートしておりますので、医療法人M&Aに関してお悩みの方は、お電話または以下のお問い合わせフォームからご連絡をお願いいたします。

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※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。

本コラムの著者

弁護士 八木 啓介(東京弁護士会所属)
大手法律事務所のM&Aチームに加え、2016年~2017年にかけて野村證券株式会社企業情報部にてフィナンシャル・アドバイザー(FA)として勤務し、多数のM&A・事業承継の実行を支援。弁護士とFA双方の実務経験を活かし、特に売主側でのM&A・事業承継支援を得意とする。これまでのM&A・事業承継の案件実績は250件以上で、医療法人のM&A・事業承継の支援実績も多数。
執筆・メディア実績:『M&A実務の基礎』(商事法務)、日本経済新聞『悪質M&A、表明保証に注意』、週刊東洋経済『中小M&A急増で相次ぐトラブル』など
最終更新日:2026年10月24日

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