執筆者
医療法人・クリニックの M&A・事業承継廃業と戦略・予防法務
弁護士:八木啓介
弁護士八木 啓介 Keisuke Yagi
M&A・事業承継は、法人(株式会社や医療法人など)の支配権、あるいはその法人の事業に関する支配権(経営権)を対象とする取引です。このような観点からM&A・事業承継を見たとき、取引の対象が株式会社の支配権であれば、当該株式会社の株式を取得することにより目的を達成することができます。なぜなら株式会社の支配権は、株式(より厳密には株主総会における議決権)の保有割合で決まるからです。
株式会社の場合、支配権に関する考え方はシンプルですが、医療法人の支配権については、その所在を理解するために一定の知識が必要となります。
医療法人の支配権を考える際に混乱が生じる最大の原因は、定款に持分の定めのある、いわゆる持分あり医療法人の「持分」にあると考えられます。
「持分」は、法的には「医療法人に対する出資額に応じて、払戻し又は残余財産の分配を受ける権利」であり、医療法人の支配権とは関係がありません。
株式会社のM&A・事業承継について知識・経験がある方ですと、持分あり医療法人に関する「持分譲渡」から「株式譲渡」を連想されるのではないかと思いますが、そうすると『「持分」と「株式」は類似した権利である』という誤解が生じやすくなります。
しかしながら、上記のとおり「持分」は金銭的な請求権でしかなく、医療法人の持分を譲り受けても、その医療法人の支配権を取得することはできません。
それでは、医療法人の支配権を取得するためにはどうすればよいのでしょうか。これを理解する上では、医療法人の機関について説明する必要があります。
大前提として、医療法人には社員総会・理事会という組織が存在します。
社員総会は、株式会社における株主総会に類似した機関で、医療法人の最高意思決定機関です。
理事会は、株式会社における取締役会に類似した機関で、医療法人の運営に関する意思決定機関です。
理事会は理事・監事から構成されますが、理事・監事は社員総会により選任されます。
これらの機関の関係性を図示すると、以下のとおりとなります。

上図のとおり、社員総会の構成員(これを「社員」といいます。)の全員が自らの指示に従う状況にあれば、社員総会を通じて理事・監事を誰にするかも任意に決定することができますので、医療法人の支配権を取得するためには、その医療法人のすべての社員を、自らの意思に沿うメンバーで構成することが必要条件ということになります。
なお、ここでの「支配権」という用語は法律用語ではなく、日常用語となります。仮に医療法人のすべての社員を自らの意思に沿うメンバーで構成できたとしても、例えばその医療法人の社会的信用が(社員ではない)1人の理事の技術に全面的に依拠しているようなケースには、事実上、当該理事の意思に反した運営を行うことはできず、医療法人を支配しているとは言い難い状況となり得るからです。
上記のとおり、医療法人の支配権を取得するためにはその医療法人のすべての社員を自らの意思に沿うメンバーで構成する必要があります。
そのため、医療法人のM&A・事業承継の最終契約においては、M&A・事業承継の実行(クロージング)に伴い、既存の社員の全員が退社し、買主(承継先)が指定する者が社員に入社することになります。
併せて、既存の理事・監事が退任し、買主(承継先)が指定する者が新たに理事・監事に選任されます。
持分あり医療法人のM&A・事業承継においては、クロージングの際に、社員、理事・監事の交代に加えて持分譲渡が行われることが一般的ですが、持分が医療法人の支配権とは結び付かない以上、持分譲渡は必須ではないということになります。
また、過去には医療法人のM&Aに関する最終契約のレビューのご相談を受けた際に、売主側で社員の退社・理事・監事の退任を行うものの、対価の支払はその数か月後で、かつ対価の支払条件が不確定な内容になっていたことがあります。これは、株式会社のM&Aに置き換えますと、株式は譲渡するものの、その対価の支払は数か月後で、かつ確実に支払われる保証もない、ということです。
医療法人の支配権の所在が分かりづらいことを逆手にとって、売主に極めて不利な内容の最終契約を提示する買主も存在するようですので、最終契約については内容を理解することは当然として、どのようなリスクがあるのかも把握し、納得した上で押印していただければ、トラブルに巻き込まれる可能性が下がると考えております。
医療法人の社員・
持分とガバナンス