執筆者
医療法人・クリニックの M&A・事業承継廃業と戦略・予防法務
弁護士:八木啓介
弁護士八木 啓介 Keisuke Yagi
医療法人のM&A・事業承継では、その医療法人の定款に、持分の定めがあるかどうか(いわゆる持分あり医療法人か、持分なし医療法人のいずれか)により、M&A・事業承継において選択可能なスキームが異なります。
定款に持分の定めのない、いわゆる持分なし医療法人では持分譲渡のスキームを選択することができないため、以下のスキームのいずれかを選択することになります。
上記②・③・④のスキームが選択されるのは、買主(承継先)が別の医療法人を運営している、既存の医療法人の法人格を利用することにリスクがある、といった特別な事情がある場合に限られますので、持分なし医療法人のM&A・事業承継では、上記①事業譲渡が最も選択されるスキームとなります。なお、上記③・④の吸収分割・新設分割については持分なし医療法人のみが利用可能なスキームですが、これらが利用されることは多くありません。
また、持分なし医療法人のM&A・事業承継のスキームの中に、「基金返還請求権の譲渡」を含めて説明されることもあるようです。
基金返還請求権とは、医療法人の設立時に拠出した金銭の返還請求権ですが、この請求権は医療法人の支配権と何ら関係がありません。加えて、時価評価の対象となる持分とは異なり、基金返還請求権は拠出した金額を額面のまま返還してもらう権利にすぎません。
そのため、基金返還請求権の譲渡のみでは医療法人のM&A・事業承継の目的を達成することができず、上記①乃至④のいずれかのスキームにおいて、基金返還請求権の譲渡が付随的に行われる、という整理の方が簡明かと思われます。
上記のとおり、持分なし医療法人のM&A・事業承継において最も選択されるスキームは、事業譲渡となります。
事業譲渡とは、医療法人の設備や医薬品の在庫といった資産のみの譲渡ではなく、患者との契約、医薬品の仕入先との継続的な契約、賃貸借契約、医療従事者との間の雇用契約など、医療法人の事業に関する権利・義務(これらの総称が「事業」となります。)を譲渡する取引行為です。事業譲渡を実行すると、売主(承継元)となる医療法人から、買主(承継先)へと事業が移管されることになります。
買主(承継先)が医療法人の場合の持分なし医療法人の事業譲渡は、以下の流れで進むことが一般的です。
特に注意が必要なのは、上記④の当局の認可の取得です。これは、買主(承継先)が売主(承継元)から事業を譲り受ける結果、診療所を新たに開設することとなる場合には、買主(承継先)の医療法人が定款変更を行う必要があるところ、当該定款変更につき当局の認可を取得する必要があるというものです。
事業譲渡のご相談に来られる方の中には、この当局の認可の取得に関する検討が不十分な方も少なからずおられるのですが、この点はスケジュールへの影響が大きいため、事業譲渡をスキームとして選択する場合は、買主(承継先)で当局の認可を取得する必要があることにご留意ください。
また、持分なし医療法人のM&A・事業承継では、対価の支払方法が論点となることがあります。これは、持分なし医療法人の場合、持分譲渡に対する対価が観念できないことが背景にあります。
そのため実務上は、売主(承継元)の医療法人の理事・監事に対して、医療法人が役員退職慰労金を支払い、これを対価とするという扱いがなされています。
役員退職慰労金の金額については、①退任する役員の最終報酬月額をベースに、これに②勤続年数と③功績倍率を乗じる方法で計算することが多いところ、特に問題となるのは③の功績倍率です。
功績倍率をどう設定するかについては様々な見解がありますが、売主(承継元)の医療法人の役員に対して過大な役員退職慰労金を支給すると税務上の問題が生じる場合があります。
そのため役員退職慰労金の金額及び支給するタイミングについては、税理士への事前の確認が必須となります。
なお、役員退職慰労金の支給手続は、社員総会において決議をすることで足り、役員退職慰労金規程が作成されていなくとも支給できるという考え方が一般的です。
当事務所では、持分なし医療法人のM&A・事業承継を多数サポートした経験を有する八木啓介弁護士を中心に、経営者(売主)、買主・承継先のいずれにつきましても、スキームの構築、デュー・ディリジェンス、最終契約の作成・交渉、M&Aの実行に至るまで、M&Aのプロセス全体をサポートしております。
また、当事務所は持分なし医療法人のM&A・事業承継の税務を熟知した税理士とも連携し、税務の面からもワンストップで医療法人のM&A・事業承継をサポートしております。