
基本合意書は、本格的な検討を開始する前(デュー・ディリジェンスの開始前など)に、売主と買主が主要な事項についてお互いの認識が一致していることを確認し、今後のプロセスをスムーズに進める目的で締結するものです。最終契約とは異なり、全てのM&Aにおいて基本合意書が締結されるものではありませんが、基本合意書の締結時に中間報酬を請求する仲介会社が増えていることもあり、基本合意書に関するご相談の件数も増えております。
このような基本合意書を締結する目的については医療法人M&Aと株式会社のM&Aで異なるところはありませんが、近時、M&A仲介会社などが作成した医療法人M&Aの基本合意書のレビューを行う中で、医療法人M&Aの基本合意書にしか見られない事項があるように思われました。
そこで本コラムでは、医療法人M&Aにおける基本合意書のポイントについて解説させていただきます。
1. 医療法人M&Aのスキームの特殊性
冒頭でも記載したとおり、医療法人M&Aで利用されるスキームは、株式会社のM&Aとは異なるものとなります。
対象会社が株式会社であれば、発行済株式を取得することで支配権を取得することが可能ですが、医療法人にはそもそも株式会社における「株式」に相当する概念が存在しません。
一方で、医療法人には「社員総会」という株式会社における株主総会のような機関が存在します。この社員総会の構成員である「社員」を買主が指定する人物とし、医療法人の役員である理事・監事を社員総会で買主が指定することにより、医療法人の支配権を取得することが可能となります。
ここで混乱が生じやすいのが、医療法人における「出資持分」という概念です。出資持分というと株式のようなものをイメージされるかもしれませんが、端的に言いますと、医療法人の出資持分と医療法人の支配権との間に関連はありません。出資持分がある医療法人の場合、売主が買主に対して持分を譲渡することが一般的ですが、この持分の譲渡は支配権の移動を目的としたものではないとご理解ください。
また、出資持分が存在するか否かにかかわらず、医療法人のM&Aでは売主である理事(長)に対し、役員退職慰労金を支給することが一般的となっております。
医療法人M&Aにおいて基本合意書を締結する場合、このような実務を踏まえて基本合意書の内容を検討する必要があります。
2. 医療法人M&Aの基本合意書において規定すべき事項
株式会社のM&Aにおける基本合意書では、通常、以下のような事項が規定されることが多いと思われます。
・M&Aのスキーム
・大まかなスケジュール
・独占交渉期間
・法的拘束力の有無
・デュー・ディリジェンスへの対応
・秘密保持義務
・準拠法
・裁判管轄
一方で、医療法人M&Aでは上記1.で述べたスキームの特殊性なども踏まえ、以下の事項についても規定されるケースが少なくありません。
・M&Aに伴い医療法人の社員が退社し、かつ役員が辞任する旨(具体的なスキーム)
・退任する役員に対する退職慰労金の支給の有無・金額
・売主の個人資産を病院・クリニックのために提供(賃貸)している場合、当該個人資産の処理
さらに、M&A仲介会社が作成した基本合意書の中には、M&Aの対価を規定するのみでなく、対価が変更できる場合を限定するような内容のものもみられます。しかしながら、基本合意書はデュー・ディリジェンスの開始前などのタイミングで締結するもので、その時点で最終的な譲渡対価が実質的に確定されるというのは一般的なM&Aのプラクティスに反しておりますので、注意が必要と思われます。
3. 基本合意書の法的拘束力について
最後に、基本合意書の法的拘束力について補足させていただきます。
基本合意書は、M&Aの本格的な検討を開始する前の取り決めという位置付けで締結されることが多いため、基本合意書の法的拘束力についても、独占交渉期間や秘密保持義務、裁判管轄など、法的拘束力を持たせなければ意味がない項目に限定することが通常です。
当事者が合意すれば基本合意書の全体に法的拘束力を持たせることも可能ですが、デュー・ディリジェンスの実施前に価格などの重要な点について法的拘束力のある合意をしてしまうと、デュー・ディリジェンスを実施する意味が乏しいように思われます。
言い換えますと、買主はデュー・ディリジェンスで発見された事項に基づき、M&Aを実施するかどうか、実施するとして価格などを含めた条件をどうするかを検討しますので、基本合意書で価格などについて法的拘束力のある合意をしてしまうと、デュー・ディリジェンスで大きな問題が発見されても価格交渉ができないことになり、不都合が生じると考えられます。
医療法人M&Aに限らず、基本合意書を締結する際には法的拘束力を有する範囲についても確認することをお勧めいたします。
4. まとめ
本コラムでは、医療法人M&Aにおける基本合意書のポイントについて解説させていただきました。
医療法人M&Aはそのスキームの特殊性もあって、現状では対応可能な専門家の数が少なく、M&Aの実行後にトラブルとなってしまうリスクがあるように思われます。
当事務所では、多数の医療法人M&Aをサポートした経験を有する弁護士が、基本合意書のレビューを含め、医療法人M&Aのプロセス全体についてアドバイスを差し上げております。
医療法人M&A、あるいは医療法人M&Aに関するトラブルでお悩みの場合には、お電話またはトップページ末尾のお問い合わせフォームからご連絡をお願いいたします。
※本コラムの内容は、一般的な情報提供であり、具体的なアドバイスではありません。お問い合わせ等ございましたら、当事務所までご遠慮なくご連絡下さいますよう、お願いいたします。