医療法人の多くは家族経営で、社員・理事には経営者である理事長と、その家族が就任していることが一般的です。すなわち、医療法人における最高意思決定機関である社員総会の構成員は通常3名であるところ、この3名は理事長、理事長の配偶者に加え、ご息女・ご子息や親戚のうち信頼できる誰か、という構成となっているケースが多く見られます。
この場合、少なくとも理事長と理事長の配偶者が同じ方向を向いていれば、仮にもう1名の社員が違う方向を向いたとしても、その社員が積極的にアクションを起こすことは難しいため、医療法人の経営に大きな問題は生じません。しかしながら、理事長が亡くなり相続が開始すると、この状況が一変します。
本コラムでは、医療法人の経営者に相続が開始することで起こり得る紛争について、その典型例について解説させていただきます。
1. 医療法人の経営者に相続が開始すると何が起きるか
はじめに、医療法人の経営者に相続が開始すると、医療法人との関係でどのようなことが起きるのかを解説させていただきます。
医療法人には定款に持分の定めのあるものと、持分の定めがないものが存在します。
この「持分」は、株式会社における株式とは異なり、医療法人の支配権と関連する権利ではありませんが、医療法人の持分を保有する者(持分権者)は、その医療法人の解散時に残余財産の分配を受けることができるほか、持分権者が医療法人の「社員」である場合、社員資格を喪失すると持分の払戻請求権を行使することができます。
社員資格を喪失する条件については定款に記載があるところ、いわゆるモデル定款では社員の死亡が社員資格の喪失事由として規定されています。
そうすると、持分の定めのある医療法人において、経営者が持分権者かつ社員である場合に当該経営者に相続が開始すると、当該経営者が社員資格を喪失し、持分払戻請求権が行使できる状態となり、これを経営者の相続人が承継することとなります。
また、医療法人の社員としての地位は相続されないという考え方が一般的ですが、経営者が社員資格を喪失した結果、社員が2名となってしまい、新たに社員を加入させる必要が生じることも少なくありません。
医療法人の支配権は社員の構成と極めて密接に関係しておりますので、新たな社員を加入させることで、その医療法人の支配権を失うこともあります。
このように、医療法人の経営者に相続が開始すると、持分払戻請求権の相続、及び社員構成の変更が生じることとなりますが、これによってどのような紛争が生じるか、以下で解説させていただきます。
2. 社員構成の変更による支配権の喪失
家族経営であることが多い医療法人においては、医療法人の設立時の社員間の関係は感情に基づくもので、ビジネス的なものではないことが一般的です。
その結果、何らかのきっかけで社員間に不和が生じると、それが医療法人の経営にも波及することがあります。経営者が存命であるうちは問題が顕在化しなくとも、経営者が亡くなり、社員構成が変わると、少数派となった社員は、医療法人の経営に関与することが困難となります。例えば少数派の社員は医療法人の理事・監事から解任され、給与が支払われなくなります。
また、亡くなった経営者に対する退職慰労金の支給については原則として社員総会における承認が必要となりますが、その承認が得られず、相続人が退職慰労金の支払を受けられないという事態も生じ得ます。
医療法人の運営に関するルールは医療法によって規定されますが、重要な点において株式会社とは異なる部分があります。そのため、少数派の社員となると何もできなくということを認識しないまま、亡くなった経営者に代わる新たな理事長を選任することに気を取られて、経営者の配偶者であるにもかかわらず、いつの間にか少数派の社員となっているというケースも見られます。
もちろん、社員である限り医療法人の運営に全く関与できないわけではないのですが、日常的な運営は社員総会ではなく理事会によって決定されますので、理事を解任されてしまうと、「蚊帳の外」のような状況となってしまいます。
このような状況に陥らないようにするためには、新たな社員を加入させる前に、現社員と新たに加入する社員との間で一定の合意を締結するなど、一定の対応が必須となります。
3. 相続人による持分払戻請求権の行使
上記1.のとおり、持分権者かつ社員である経営者に相続が開始すると、経営者の相続人が持分払戻請求権を行使できる状態となります。持分払戻請求は医療法人に対する金銭の支払請求ですが、その金額は、相続時の医療法人の時価純資産に基づき決定されるという考え方が有力です。
持分払戻請求権を行使された場合の支払額が時価純資産に基づき決定される結果、例えば医療法人が不動産を所有しており、当該不動産の価値が取得時点よりも上昇しているといった場合(いわゆる「含み益」がある状態)には、その含み益も考慮して決定されることとなります。
当然のことながら、仮に不動産の価値が大幅に上昇していたとしても、それだけで医療法人の現預金が増加するものではありませんので、持分払戻請求権を行使されてもそれを支払えるだけの現預金がない、あるいは支払った場合には医療法人の運営資金が枯渇してしまう、という状況に陥る可能性もあります。
このように、医療法人に対して大きな影響を生じさせ得る持分払戻請求は、医療法人の経営者が持分権者である間は行使されないものの、医療法人の経営に全く関与していない相続人が持分払戻請求権を行使することによって、紛争となるケースもあります。
そのため医療法人の経営者としては、持分の相続によって紛争が生じることがないように、相続の開始前に、定款変更を行って持分の定めのない医療法人へと移行する、あるいは自身の持分のすべてが医療法人の経営に関与している相続人に相続されるように遺言書を作成する、といった対応を検討する必要があります。
4. まとめ
本コラムでは、医療法人の経営者に相続が開始することで起こり得る紛争について解説させていただきました。
医療法人の支配権と結びつく社員の地位、持分払戻請求権の相続などは、医療法の知識がなければ事前に対策を講じることが難しく、それゆえ紛争となる可能性が高いものです。
当事務所ではこれらの紛争解決の経験を有する弁護士が、医療法人の経営者の相続開始前の紛争予防、あるいは相続開始後の紛争解決について、アドバイスを差し上げております。
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